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投稿者 スレッド: シルクロード鉄道中 T52次上海烏魯木斉 N886次ウルムチカシュガル  (参照数 2025 回)
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« 投稿日: 9月 30, 2008, 10:49:16 午前 »

T52次上海~烏魯木斉

皆さん、こんにちは。管理人です。

 昨日の夜から上海発ウルムチ行きのT52次の軟臥に乗車中。さっき、洛陽を過ぎて、あと2時間もすれば三門峡に差し掛かるだろう。この列車は4年前に乗車しており、当時は留学前だったから、2度と乗れないだろうと思っていたが、現在奇跡的に2度目の乗車の恩恵を授かっている。
 この列車は、中国でも数少ない4000キロの以上の距離を走る長距離列車であり、これに匹敵するのがチベット行きと、国内では最長を誇る。そのため、10年以上前のダイヤでは75時間以上だったものの、相次ぐダイヤ改正で現在は42時間半にまで縮められている。長距離列車の速度向上とダイヤ改正のつながりは、まさに切っても切れない関係ということを裏付けているのだ。

 列車の発車は20:48。5番ホームには4年前と変わらない25K客車がホームに停車。折りしも国慶節の初日と重なり、乗客でごった返す乗車光景。中国鉄道ならではの光景を久ぶりに見た。今回も軟臥だが、切符は国慶節前に土日が入り、混雑がやや緩和されたためか、あっさり購入できたと旅行会社の人に言われた。しかし、当日は蘇州からの乗車枠を除き、全部満席。私の部屋はよりによって私と並ぶガタイの大きい連中と一緒で、ちょっと困った(笑)が、おとなしい? 人たちだったため、今のところ窮屈に感じることはない。隣の部屋には日本人女性2人いる。

 列車が発車後、女性乗務員の2人組みが各部屋に挨拶を兼ねた車内設備の使い方の説明に回っていた。乗務員が挨拶に来るなんて珍しい。どちらかというと、お笑い芸人ののりでとても楽しそうだった。この乗務員なら、乗車中仲良くなっておけば車中も楽しくなるであろう。彼女らは他の列車乗務員と比べると、いたって勤勉で、毎回、ポットのお湯交換や部屋の床掃除などに来るため、部屋はいつもきれいだ。
 軟臥車には3穴の電源があるが、日本製品ならプラグ変換機が必要。ところが、位置的になぜか上段ベッドと通路側の壁の間にあるため、使うとちょっと狭苦しい。ちなみに前回禁止だった通路の電源は今回使用オッケーといわれたのはうれしかった。
この車両は07年に全面改修を受けたのだろうか、トイレの排水および洗面室の水の出がとてもよく、手入れの悪い25Tより幾分ましだ。

 今朝は6時過ぎに鄭州に到着。機関車はSS7Eの西安局持ちなため、上海~西安間は多分交代なしだろう。お昼に西安に着く予定だ。
« 最終編集: 10月 01, 2008, 11:22:49 午後 by Borgen » IP記録

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« 返信 #1 投稿日: 10月 01, 2008, 12:08:41 午後 »

T52次上海~烏魯木斉 2日目

3日目の朝を迎えたとき、個室内に暖房が効いていたので、外はものすごく寒いのかと焦ったが、普通の気温だったので助かった。

昨日は鄭州から金昌まで移動。鄭州~西安間は一時期、隴海のボトルネックだったが、現在はだいぶ解消され、5分程度の遅れだった。しかし、山間を通過するためネットの接続状況は良くなく、ストレスもそれなりにかかった。
 西安到着は12:07。ちょうどお昼だったため、一旦ホームに下りたあと、すぐ車内に戻り、昼食を食べた。さすがに上海や広州などといった都市型の列車とは違い、あくまでもウルムチ局の列車のせいか、はてまた食堂車の隣から硬座になっているせいか、食堂車の価格はきわめて安く、20品近くあったメニューのうち、20元を越えているのはわずか1品、あとは10元台というリーズナブルさで、1品30元を越えるT97/8次香港直通列車にはぜひ見習ってほしい価格設定だ。味付けもそこそこで、おなかいっぱい食べれた。
 西安で乗客の入れ替えが多く、ちょうど食堂車はガラガラ。その隙を突いて利用したわけだが、食事を終えるころには、硬座車から無座難民が押し寄せてきており、あと10分遅ければ食いはぐれるところだった。

 西安~宝鶏間はお昼寝タイム。そして、14:00に宝鶏に到着。宝鶏機務段には、ドイツシーメンスのDJ1が大量に停車しており、どうやら宝成線の秦嶺山脈越えの牽引機に就いている。

 宝鶏を発車したあと、列車は渭水の上流に沿って高度を上げていく。宝成線の秦嶺山脈越えに隠れて、目立たないが、隴海線の宝鶏~天水間もダイナミックな光景を楽しめ、2日目のハイライトでもある。
この区間も元々は単線で、渭水に沿って線路がしかれており、急カーブも多く、ある意味ボトルネックエリアとなっていたが、03年に下り線が完成しこの問題も解決された。この下り線は、できるだけカーブを少なくさせるため、地形に逆らった設計が多く、トンネル、橋、トンネル、橋という区間が続き、スピードも100キロ以上は軽く出ている。それに対し、上り線は旧路線をそのまま踏襲しているため、やや時間がかかり、時刻表上だと、1時間の遅れがここで発生している。
ちなみに下り線で進行方向右手の風景を見ると、カーブの多い上り線が離れたり近くに寄ったり、果てまた下り線と交差したりと、この地域でしか見られない光景に出くわす。上り下りの交差は覚えているだけで3回。最初に設計された上り線と数年前に設計された下り線の当時の技術状況の差が見事なまでに現れている。この区間の電波は完全に圏外で、ネット接続も極めてよくなかった。
この列車、安全上の防備策か知らんが、開閉できるガラス窓、全てボンドで固定、完全密閉にしている。そのため、窓を開けての撮影ができないのが心残りだった。

19:02に蘭州に到着。そして夕食をとったあと、しばらく隣の部屋の日本人たちとだべっていた。この列車はよく車内販売が来る。弁当は、使い捨て容器ではなく、シルバートレイにご飯とおかずが盛られており、上からラップをかけてあるものだった。1皿15元。でも食堂車で注文するほうがお腹いっぱいになれるため、まだ利用はしていない。

武威 22:05
金昌 23:00

あとは寝ました。
« 最終編集: 10月 01, 2008, 10:45:49 午後 by Borgen » IP記録

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« 返信 #2 投稿日: 10月 01, 2008, 11:20:58 午後 »

T52次 上海~烏魯木斉3日目

 現在、烏魯木斉のホテルに潜伏中。無事に着いたから、こうしてネットもできるのだ。
朝は寒かったため、個室内には暖房がオンになっており、8時ぐらいまではポカポカだったが、強い日差しが差し込むと同時に一気に暑くなった。

 4年前なら日の出とともに拝めた嘉峪関の長城も、現在は速度が上がった分、深夜早朝着になっており、このときはすっかり布団の中。起きて気付いたら、柳園(旧敦煌)も過ぎており、8:40分に哈密に到着。ここで12分停車したあと、次の停車駅である鄯善に向けて発車する。哈密で重連だったDF11が切り離され、単機運行となった。
 もうずっと砂漠が続いており、天気もきれいだったのに窓が開かないからきれいな写真が撮れないのが不満だった。電波が悪いから当然ネット接続も悪く、フラストレーションの溜まる午前中だった。

そして、鄯善に到着したとき、何を血迷ったのか先頭車両まで写真を撮りに行き、ジリジリと発車ベルが鳴り響くなか、ダッシュで戻る。当然、息切れは起こしていた。もう若くなイッス。
ちなみに、この列車は正式には下りがT52/3次で上りがT54/1次となっているが、
上海→徐州 T52次 徐州→ウルムチ T53次
ウルムチ→徐州 T54次 徐州→上海 T51次
という列車番号になっていたような気ガス。

吐魯番到着前に昼食を済ます。もう大半の乗客が降りており、食堂車もガラガラだった。13時過ぎに吐魯番に到着後、反対側のホームに明日乗車するN886次カシュガル行きの管内快速が入ってきた。明日も同じ場所でこの光景を見るのだろう。
 先の日本人女性2人はこの駅で降りていった。2人とも5日まで吐魯番市に滞在し、ひとりは飛行機で上海に、もうひとりは、列車で上海に戻るそうだ。同駅で降りる乗客も少なくなく、軟臥の乗客も半分以下になってしまい、2泊3日にわたる旅の終焉を感じさせた。
 吐魯番から一旦峠を越えるため、長い間トンネルを走っているが、一旦出てしまうとまた素っ気無い砂漠に元通り。そこから1時チョイ走ると、巨大な羽を持つ風力発電塔が何本もそびえたつエリアが見えてきており、さらに10キロ先を走れば烏魯木斉市街の町並みが見えてくる。

路線は、烏魯木斉市より西側に位置し、1段高い大地にレールが敷かれており、烏魯木斉市内を見下ろすように終点の駅へと滑り込んでいく。今回は1番ホームに到着。長い階段を下りて、切符をもがれて(泣)出口から駅前広場に出る。

そして、旅行会社の人と会い、明日のN866次の切符を受け取った。
この日の烏魯木斉は夕方雨だったが、現在は止んでおり、国慶節を祝う花火が音を立てながら市内の夜空を賑わせていた。

これでT52/3次の4077キロは乗車制覇。次はラスト乗り鉄、南彊鉄道乗り尽くしでつ。
« 最終編集: 10月 01, 2008, 11:26:39 午後 by Borgen » IP記録

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« 返信 #3 投稿日: 10月 04, 2008, 01:44:11 午前 »

N886次 ウルムチ~カシュガル乗車1日目

 ウルムチは中国の西方に位置しているため、日の暮れは遅いが、日の入りは遅い。夜7時まで明るかったのに対し、朝7時半では、まだ夜明け前だった。この日は、いよいよ初の南彊線制覇となる、ウルムチ局管内快速のN886/7次に乗り、カシュガルまで行くことだ。
 ホテルをチェックアウトし、タクシーを捕まえてウルムチ駅まで、10分ちょいで9.5元。前日旅行会社のお姉ーさんから、「今警備が厳しく、乗車するのに2時間かかる」といわれ、半信半疑で早めに駅に着いたものの、国慶節の谷間の休日ということで、ガラガラだった。当然、切符も自力購入も楽勝だたわけだが、保険として旅行会社に頼んでおいて正解だった。
 ウルムチ駅の候車室は4階からなり、N886次行きは3階だった。初めは人もまばらだたが、発車時間が近づくにつれ、どんどん増えて行き、客層は、漢族よりもウイグル系やカザフ系が多く見られた。

 今回乗車するN886次の客車は、ウルムチ~カシュガル(1588キロ)を結ぶ管内快速で、カシュガル行きは、他に慢車の7000番台を含めて2本しかない。そのため、ひとりでも多くの乗客を乗せるために、同列車は、食堂車と電源車と荷物車、宿営車を除き、2階建て車両の構成となっている。15両編成のうち、2階建て硬座車が4両、2階建て硬臥車が6両、2階建て軟臥が1両の編成だ。候車室ではいっぱいだった乗客も大半は硬座か硬臥へ行ってしまい、最終的に軟臥は10名にとどまり、自分のいた個室も終点まで誰ひとりとして乗ってこず、独占的に部屋を使えた。
 ちなみにこの車両、下層に2段ベッド4名の個室、上層にはベッド2人用の個室があり、上層の方が、プチ高級軟臥の雰囲気を持っている。ただし、ウルムチ駅では下層から切符を発売していくため、上層切符入手のタイミングが極めて難しい。

 同列車は11:21発車。ようやく朝9時ぐらいの日の高さでウルムチ駅を後にした。トルファンへ行く途中に食堂車で食事を摂る。メニュはT52/3次の内容とほぼ同じで価格も変わらず。ただ肉の下ごしらえで、保存用に塩を刷り込ませているせいか、エラくしょっぱいことだけは覚えている。ちなみに食堂車は軟臥車の隣だが、換気が悪いためか、通路が石炭臭かった。
 トルファンには13:10に到着。ここで折り返し運転を行なうため、先頭にあった機関車は機回しが行なわれ、後方車両に連結。17分後、進路を変えて再び発車する。
 中国の鉄道では、機関士の腕の差にもよるが、出だしはスムーズ。糸を引くかのような滑らかな推進で動いていく。横になっていれば、車体のきしむ音でと線路を跨ぐ音で発車だということが分かるが、実に気持ちがいいものだ。

 トルファン駅を発車したあと、列車は天山山脈に向かって進んでいく。次の停車駅である和静まで7時間を走り続ける。天山山脈の南を走るため、山からの吹き降ろしが強く、数年前には同路線で強風による列車の転覆事故が起こっている。そのため、線路の北側には堤防が設置され、下層からだと景色が見えづらい。南側には砂漠が一面に広がる。
 少し眠ったあと、起きたら、すでに峠を登り始めている。標高1553メートルの魚児溝を通過。急勾配なためか、前方の機関車はDF4Bの重連、後方にも1機補機の役割を果たしていた。南彊線は非電化単線でディーゼル機関車が主力。勾配を想定したためか、牽引機だったDF11の最高スピードは170キロから153キロにスペックダウンしていた。

 標高2980メートル(烏斯特駅)を通過したところでようやく、下りに差し掛かる。下るにつれて、周囲は砂と岩の殺伐した風景から秋の黄金色に染まった草原に覆われた丘陵へと移り変わり、放牧された馬やふたこぶラクダらが草を食んでいるほほえましい光景を眼にするようになった。
 やがて、遠くに真っ白な雪を頂いた天山山脈が目の前に現れる。山肌に沿って敷かれた線路の眼下にはいつの間にか小川(哈布奇哈河)が流れており、砂が体積した河川敷には黄色の葉をにぎわせた樹木がところどころ密集している。そして、真向かいには先ほどの丘陵が続き、青空の中にぽっかりと浮かぶ白い雲の長い影がなだらかな地形を覆い、これでひとつの絵を完成している。このような大自然は、都会から来た人の心を癒してくれるだろう。しかし、車窓の隙間からところどころ聞こえてくる風の音を聞くと、一足速い冬の到来を感じさせる。

 下新光駅というところで、対抗列車との待ち合わせで、一時停車した。ちょうど日も暮れる時間で、周囲もだいぶ暗くなってきたが、下のほうから汽笛が聞こえてきたのでのぞくと、貨物列車が90度のカーブを曲がって、いったん視界から消える。多分トンネルの入ったのだろう。そして、5分後、乗っている列車の横を通り過ぎる。つまり、この区間はループ線ということになる。貨物列車が過ぎた後、この列車は、さっき貨物列車が来た道をゆっくりくだっていく。
 このあと、今朝から続いていた頭痛の痛みが激しくなり、飯もそこそこ部屋に撤収。しばらく横になったあと、20時台の和静駅停車でいったん起きて、再び部屋に戻り真っ暗にして床に就いた。
« 最終編集: 10月 04, 2008, 02:26:38 午前 by Borgen » IP記録

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« 返信 #4 投稿日: 10月 05, 2008, 04:03:33 午前 »

 天山山脈を越えたあとの南彊線は、タリム盆地に出る。といっても周囲はみな砂漠だ。とはいえ、地形は平坦で、しかも地図上だとほぼまっすぐに線路が敷かれているため、峠越えのときとは全く逆に、速度が上がる。途中停車駅では、庫尓勒、庫車、阿克蘇などがあるものの、すべて夜中通過となる。そのため、停車するたびに目を覚まし、また寝るというパターンを繰り返していた。早めに寝たおかげで、頭痛はだいぶ引いていた。
 早朝、8:05に巴楚駅に着いたが、西に位置しているため、まだ薄暗く、9時過ぎにようやく太陽が出始めたところ。ウルムチの段階で北京時間より2時間遅れているから、カシュガル付近だと3時間の時差があるに違いない。
 日が差し込む窓は、途中の砂ぼこりでかなり汚れていた。そういや、トルファン駅で乗客が自分の場所の位置の窓を拭いていたことを思い出した。年中砂塵が舞い、空気が乾燥しているこの地域では、列車の外観が特に汚い。せめて、ホームから車両基地への間、一度でもいいからウオッシャーにかけてほしいが、そんなことしたら塗装が剥げるかな?

 食堂車に行くと、まだ乗務員のお食事タイムが終わっていなかったようで、みんな残ってだべっていた。そういや、この列車には、カザフ系やロシア系と、明らかに中華とかけ離れた顔を持つ乗務員が乗り込んでおり、ちょっとした異国情緒を放っている。軟臥車の女性乗務員のひとりは金髪頭の小顔にパッチリした目を持つ、完全にロシア系でかわいかったが、意地悪な性格で自分とは合いそうにもなかった。

 また貨物列車とすれ違った。しかもその大半はタンク車が占めている。この周辺の主力産業は石油で、砂漠の真ん中に石油採掘機がいくつもある光景を幾度となく見ており、この状況を見る限り南彊線は、戦略上、中国西部地域における物資運搬ルートとして位置づけられており、メインは貨物で、旅客はあくまでもおまけなのだ。それでも、ウルムチからわざわざ列車で行けるインフラが整っていること自体、鉄道ファンにとってはありがたいことだと思う。

 終点が近づくにつれて、周囲も緑が増えており、乾燥した大地の間を縫って、大規模な灌漑設備も見た。「もうすぐカシュガル駅に着くから、忘れ物をしないように降りる準備を」と車内アナウンスが聞こえてきた。時計を見ると11時10分。到着するころにはまる24時間経っている。日もだいぶ高くなり、現地時間で大体9時ぐらい。
 列車は定刻どおり、カシュガル駅のホームに進入。長年地図だけ見て夢だけで終わっていた南彊線の終点、カシュガル駅に到着したと思うと感無量になってしまった。

 しかし、その幸せの気分もつかの間、ホーム上では警官やマシンガンを手にした武装警察がウロウロしており、手当たり次第撮影という状況の雰囲気ではなかった。駅舎とホームを数枚撮影後、そそくさと出口から退散した。
 ウルムチやカシュガルなど新彊ウイグル族自治区内でテロが起こってからというもの、ウルムチやカシュガルでは公共インフラに関する警備が厳しくなり、鉄道だと、ホームからさっさと出て行かなければいけないピリピリした雰囲気が十分に伝わってくる。どうも西と東北ではホーム上での鉄行動がどんどん狭まっていくような気がする。数年前のようにおおらかな時代はもう来ないのかな?

 ホテルは今回、色満賓館(3つ星)に予約を入れておいたが、移動方法はタクシーしか思いつかなかった。バスは市中心から28路があるが、満員で、スリが怖かったので利用はしなかった。タクシーは相乗り送迎なためか、女性ドライバーは、自分を助手席に乗せたあと、またお客さんを探しに行ってしまい、結局合計4名が乗ることになった。しかし、事前に聞いていた情報だと駅からホテルまでタクシー利用で18元と聞いていたのだが、実際は10元で済んでおり、相乗りのほうがずっと安かったのだ。ホテルでチェックインしたあと、十分休憩を取ってからカシュガル市内に繰り出す。それはまた別の話で。

この列車では1588キロを乗車。ついに18万キロに突入しました!!
« 最終編集: 10月 05, 2008, 04:05:30 午前 by Borgen » IP記録

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